カウンセラー/ヘルパーkuniの日日是好日

スピリチュアル的な内容や介護/福祉をメインに感じたこと、SNS投稿記事の紹介

人生っていったい・・・

【私の思想・信念】
[私の送信したメールを転機しました]

目が見える事、音は聞こえない事、文章・絵・音楽が上手い事は「人間の価値には一切関係ないと考えます。」

個性の違いと考えます。私は盲ろう者ガイドヘルパーをしていますが、盲・聾のガイドヘルパーもいますし、実際に健常者が一次通訳を行い盲ろう者の障がいの種別により盲・聾者が通訳しています。

では健常者が偉いのでしょうか?違います。単に耳が聞こえ、目が見える「個性」を持っているだけです。聾者の中で手話が使えなければ、ある意味障害者です。しかし彼らは親切に接して頂きました。

ホームレスの支援も数回させて頂きます。けっして「施す」のではなく、今は配給のお手伝いが出来るのでそうしただけです。
明日は受ける側にいるかも知れません。それはそれで良いと思います。一部のホームレスさんの気持ちが理解できたので。

障害のもっている方は環境がそうさせたのか「優しい」方が多いです。この前の盲ろう者ガイドヘルパーの時に「○○・時刻表のサイトがピンデスプレイの未対応に改悪され」腹が立ったので○○にメールを入れましたが改善を気はないとの返事が来ました。

当事者に「再度ホームページの改修要求をだそうか」と言った所で「もういいですよ」と言われ涙が出ました。
個人でも出来るホームページの改修は「見栄えのため」「少数派の意見」のために行われない背景には「社会的弱者」に対する差別的考えがあるのではないでしょうか?

健常者を基準にした社会は歪んだ社会だと思います。車内で女子中学(高生)が奇声を上げても特別視せず、障がい者が声を上げると変わった目で見られるのはなぜでしょうか?

背景には障がいを持った人が周りに居ない(施設等に閉じ込められている)事が原因を一端ではと思います。
更に言えば「障がい=恥」と間違った考えが根底にあるのではないでしょうか?

これらの社会の矛盾に気づいた人はなんらか声(アクション)を上げていく事が重要かと思います。
時には独断で差別的な考えもあると思いますが、あえて「声をあげ、思い違いは当事者と充分な話しあい(時には喧嘩も)が必要かと思います」
誰かが始めなければ何も始まらないと思います。

以上、私の思いを書きました。「障がい者差別」については口や態度には出さなくも心で思っていても「差別は差別」と思います。

夢や理想では飯は食えない事は分かっています。しかし当事者と会い「障がい」があるために、受ける不便さ「障がい者」だから仕方がない、そんな諦めに似た納得をする事が一人でも減るようにームページを通じて社会にまた自分に問い掛ければと思っています。

一代で「障がい者」問題は解決出来ないと思いますが、私の行動が「社会的弱者の気持ちを代弁でき、それに共感者」が出来ればこれに勝る喜びはありません。

【総括】
上記のメールをある「共生・共働を目指して活動している団体に送りました。
そこで共に働きたいと真剣に思い「私の思い」を送りました。

しかし家族を持つ現状では厳しく私一人でしたら何の躊躇もなく行動を起こしていますが・・・

『人は夢(理想)がなくては生きていけない、しかし夢(理想)だけでは生きていけない』そんな現実を見た思いです。

人がこの世に生まれるのに、何かを人のためにするための使命があると思います。

人それぞれ、果たして自分は今の(職場)ままがよいのか、変わるのが天の意思なのか分かりません。
今ある事を精一杯させて頂きその答えを見つけるしかないと感じています。