くにさんの日々是好日

くにさんの日日是好日

介護福祉士で心・魂の探求者が綴る日頃感じたアレコレ、SNS投稿記事の紹介

多数の中の1人の存在と言葉の通じない孤独感・自己価値

【多数の中の1人の存在】 私が最初に務めた約30年前はほぼ毎日の仕事終わりに障害者運動の会議や行事に参加して仕事のイメージはなく、週末には数十人のメンバーの酒を飲んでは議論して朝解散をする形態でした。

約3年前の入社の時に職場の責任者から「昔の会とは変わっている」と言われ、代表格の方から「たびたびメンバーが200人超えた」と聞き自慢かと思っていましたが、反対で多すぎて・・・と大きくなり過ぎた弊害を言いたいが立場上言えないそんなもどかしさがあったように思います。

30年前の40人の頃と違い今は200人になりました。40人程度ならメンバ1人1一人の個別対応できる時間も場所もあり臨機応変でしたが大メンバーになったらそれは不可能と分かっているものの複雑な気持ちです。

そんな時に解決の糸口を頂いたのは昔からいたメンバーの葬式続きでした。大人数の1人でも昔から付き合いのあった人にとってはかけがいのない1人に違いありません。 重度障害を持ちながら生きて時間と場所を共有した大切な人です。

以下はfacebookに投稿した内容です。

【言葉の通じない孤独感】 水曜日の中日新聞の朝刊の『「小室さん葛藤「痛いほど・・・」』の載っていた「会話ができない中、介護する人の孤独感は半端じゃない」に共感しました。

今週の月曜に会話を出来る中程度の方の担当から外れ全員が会話が不可能な重度の方になりました。

介護職で同様の方も多くいると思いますが、同僚や介護仕事以外が救いと言うか気分転換になると思います。

うちの職場は障碍者との「共生・共働」の理念で運営されているがメンバーの急激な増加で現在は障害を持つ人と持たない人が200人以上で、パートのヘルパーが120人です。

中堅企業並みの人数になり管理者クラスに負担がいってダウンして交代したこともあります。人が多いゆえにルールや規則が増えていきつつあります。

facebookの転機はここまでです。

私はこの先どうなるか分からす、もしかすると心身的な限界で去る可能性もありますが30年間に出会った障害を持った仲間と出来る限り時間と空間を共にしたいと思っています。

言葉で対話することは出来ませんが表情身振り素振りから証明不可能ですが想いは伝わるように感じています、介護ヘルパー同士のコミュニケーションは勤務(介護)時間帯に関係してなかなか難しい状態です。

一般的に利用者と言われる方とはマンネリの毎週ですが楽しく有意義な時間を過ごしていると自己満足ながら思っています。

【自己価値について】facebookからの転機です 今受けているメンバー向けてのセッションで詳しくは書けませんが、モヤモヤする時に「それ何か問題ある」のフレーズを繰り返していたら、今の自分がセラピーを含めて資格取得に走るのは自己価値の低さが根底にあったように思います。

その日その日を何か意味のあることをしなければ生きている意味は無いとさえ思っていました。

それが重度の方の介助時に自己矛盾として発生したのかも知れません。ベッドで寝た切りでも大切な存在価値がある、そう信じているのが自分に対しては真反対の事を無意識で思っていました。

その日その日を楽しく愉快に過ごすだけの生き方もあるのかもと少し想い初めてきた。

どんなことをする自分も許せ自分に価値を感じる(本当に自己価値を持った方は敢えて自己価値が高いとは言わないと思います)ようになったら生活習慣が一変するだろうと思います。

今まではそれが怖かったが今はそんな生活もまたいいのかも知れないと思えてきています。

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私が伝えたいこと、それは文書にするにはなかなか難しいのですが「重度障害の子供が生れた訳」を該当する子育てをする親御さんに伝えたいです。

科学的な証明は難しいのでスピリチュアルよりの話しになると思います。スピリチュアルの話しをするには目に見えない世界・存在に免疫を付けてもらうことから始まると思っています。

「彼ら(彼女ら)の存在の素晴らしさ」に気づいて頂き、次には現実的はフォロー、支援が必要になります。

組織が大きくなれば多くの方のフォローや支援が可能になりますが、闇雲に巨大化すればいいと言うものでもありません。

現在は重度の方のヘルパーをしていますが、数年後に自分の身体機能が低下するまでにはヘルパーさんを体・心・魂を一環して支援出来ればと思っています。

それが私の夢であり妄想であり目標です。