くにさんの日々是好日

くにさんの日日是好日

介護福祉士でセラピスト修行中のブロガーが綴る日頃感じたアレコレ、SNS投稿記事の紹介

自分の進みたい道について溢れる思いを文字にして

1日1記事投としていましたが、余りにも予約投稿が溜まり過ぎるので今日7日(水)から3日程度は朝7時の定例と13時の1日2記事投稿にしました。


プロローグは今朝7日のfacebook投稿からでした、以下に転機します。

現状にモヤモヤがあるならば、今の流れを変えために(車で言えば)まずはアクセルを戻してブレーキを踏みハンドルで方向を変えればいい。

何もしなければ永遠に直進し続ける、アクションを起こすのは真冬の朝に布団から出るようになかなか難しい場合もある。

その前の一歩として思いを文字にしてみる、紙に書いたりネットに公開したりしてみる。書くだけでもいい、それが一歩書いていることが本音ならば次に行動がしたくなる。

時期によっては行動まで時間がかかる場合もあるが、焦らず出来る範囲でちょっとしたことでもやってみる。

待ち時間が長ければ長いほど、それまでの経験から大きく異なり、対応するために体質や想念の改善を無意識下で行われているのかも知れない。

改善期間は今までにない大きな悪感情も出やすいので、それを否定せずに且人に直接ぶつけるのは避けた方が良い。

そんな自己対話をする日々があります。


学校を卒業して配属された所で障がい者と言われる方と出会い、社会に憤りを感じたのがきっかけでボランティア活動を初めました。

地元に変えると手話サークル活動を通して障がい者支援活動に人生を掛けている10歳年上の男性に出会いました。

これまでの健聴者中心の手話サークルからろう者中心で彼らの生の声を聞けるサークルの準備会に関わりました。

大晦日にビラ作成で夜遅くまで活動もしました、仕事の関係で地元を離れて数年か数十年して戻ったらその方は心臓発作で亡くなっていました。

それから数十年全国の現場周りの仕事から、「障害のある人もない人も共に生きて働く場」づくりの団体に転職しました。

20代に当時40~50人程度のメンバーに一度加わりました。ボランティア気分の奇麗事で入った私にとって仕事が終われば障害者運動に明け暮れて、定期的な全メンバーが集い朝まで飲み明かす日々に幻滅して離れた団体でした。

30年近くたって舞い戻ってみるとメンバーは200人越えてして、以前のパターンとはまるで変わっていました。理念は変わらぬものの行政に噛みついていたのも受け入れて、どこにでもある「職場」と化していました。

戦場から逃げていたが同士の為に覚悟して戦地に入ったら同士は戦士して平和な地になっていたような感じです。ランボーではないですがこの胸の煮えたぎる血潮はどうしてくれようかと心境です。

今は数十年前に比べたら障がい者差別も目に付かなくなり、社会問題になる時代になりました。表面的には平和なお花畑ですが内面化・深刻化した感じを受けます。

ネットを見れば平和活動をされる団体や個人を見かけて何かしたいの衝動にかられるものの行動に移せずにもどかしい思いをしています。何かコレと言うものを見つけて動けることが幸せなんでしょうね。