ほっとコミュニケーションなごや

スピリチュアル的な内容や介護/福祉をメインに感じたこと、SNS記事のストックや「つぶやき」、画像投稿しています。

wordpressへの出戻りと思い出した理念活動と職人への恩

3ヶ月足らずで、はてなコミュニティから元のwordpressへ退出することにしました。はてなに移ったのはアットホームな「はてな民」ないし「はてなタウン」の噂を聞いて孤立無援のwordpressからの脱出を計りました。

噂に聞いた通り「はてなブログ」は都会のオアシスです、ブログでコミュニケーションを求める方にはおすすめです。

そんな中で何故か、こんな記憶が甦りました。かつての青春時代の20歳台の中頃に「共生共働」グループで暴力は振るわないものの、役所の前でハンガーストライキをしたり行政に意見を言って、内部では冗談で「極左暴力集団」でいつか刺されるぞ!と言っていました。

障害者のお世話にするつもりで施設職員になったものの、仕事が終わった毎夜勉強会と称して理念のすり合わせをしていました。

人が自分の信念に人生と命を掛けようとしている同士が集まった時は表面的には同じでも心底までは合致していない。

そこで全メンバーの思いを吐き出して討論をして運営方針を決めます。時に喧嘩騒ぎになったりするがそれも当たり前で当時はその酒を飲みながら理念をすり合わせる場面が苦手ながら何をしっく来たのを感じていました。

今は数限りないコミュニティが出来上がり中に社会に問題提議しつつ解決策を模索しているところもあります。でも仲良しクラブでネット上で調子が良くて心地よい会話が行われています。

勿論本音でコミュニティに疑念を持たずに関わっていればいいが、多くはゲーム感覚で何か不都合なことが奇麗事を言う人ほど、講釈を吐いて逃げて行く人も多い。

皆仲良くのコミュニティならそれはそれでもいい。昔から職人と言われ人は口が悪い(笑)、嫌なもの嫌だと社交辞令もあったものではない。

立場的に不利になって損を被る状況になった人でさえ(いや、そんな立場になったまらこそ)不器用ながら職人さんは優しい言葉を掛けてくれる。

職人さんとの忘れられない思い出 現場に停めた車が邪魔だとか、自らの拘りで朝の通勤ラッシュまでに仕事を終えて公道の交通規制を解除しなければいけなくて地面の下に埋もれてしまう構造物に妥協せずに片道3車線のど真ん中で取っ組み合いに近い喧嘩をしたこともある職人さんがいました。

現場経験の長い職人さんと昨日今日に現場に入った現場監督では明らかに現場監督に部が悪いのだか当時は若気の至りでなめられてたまるか!の思いが強かったのを思い出します。

そんかある時に日程がその晩決めうちで、警報発生レベルの悪天候とか震災レベルの出来事が無ければ延期は無理な現場がありました。

それは6車線道路に門型のブリッジを建てる作業です。通行止めをするので事前広報をして悪天候時の予備日はあるもの先の状況でした。

道路を横断する横柱は夜間に行い、それを支える支柱は昼から夕方に事前に建柱(柱を建てる)を行って万端の準備をします。

役所工事なので約1ヶ月前に基礎を打って地表にボルトを出している形で現場に入りました。いざ最終確認で基礎の出来型(寸法)確認を行い図面通りである事をチェックします。

次に工場製作さされた支柱の穴ピッチを、慣例で職人さんに確認してもらっていました。さて建柱の段取りをしようと思った瞬間に「違いますよ!」の声がありました。

???の思いで近づくと柱のベース(底)の穴ピッチと基礎のアンカーボルトの間隔が異なり建込みが不可能な事が反面しました。

通常なら、大型トラックを呼んで工場に戻して再加工で職人には状況によっては後日人件費補償の打ち合わせで済むものが今回はあとが無い状態です。

半日程度で一抱えある柱を工場に運び再加工は無理で、これら絶対絶命で最悪の役所の現場担当者に連絡して経由で担当課長に報告をして請け負い側としては工場及び営業課長か大事になれば部長呼び出しで説教とくそめんどうな始末書と是正報告書が浮かびました。

まだ事故ではないので憂慮の余地はあるものの役者は面子に拘るので大変な事を覚悟しつつ、我に戻ってまずは百戦錬磨の上司に状況を報告しました。

この上司は屋内の床のコンクリートを打ち終える前に機器を据え付けた強者です。方法は床置きの機器を壁掛けに変えて床部分は浮かすことで建築業者を納得させました。

上司に相談すると、ちょっと考えると言いながら暫くすると現場の業者が持っている専用バーナーで鉄を溶かした穴を広げる方法と、それをしても強度上で問題無いことを設計者に確認を済ませていました。

上司から職長(職人のとりまとめ役)に指示してもいいが、現場責任者はあたなので先ずは依頼をするように指示があってトラブルになったらフォローすることになりました。

職長はそれまで大喧嘩した人で一言二言目きつい言葉を覚悟していました。話して見ると「判った、何とかするからそんなに落ち込むな。」と言われました。

気持ちが顔に出る現場責任者としてはどうかと思う性格ですが、その方から「その器具の話してをしてもいいが、現場ではそっちが上なので相談があったら持って来る算段をしていた」そうでした。

その後は計画通り作業は終わりました、完成検査合格の連絡をお礼をその方の会社経由で伝えたのが最後で、私が担当する土木が絡む工場は無くなり窮地を救ってくれた職人さんの顔を見ることはなくなりました。